Archive for November of 2011

◆詮索のトリガ


2011-11-30


あの人の態度は、こういう意味ではないか。
あの言葉の意味は、こういう気持ちの表れではないか。


そして、こうした”詮索”が、ストレスを招く。


そうした愚痴を聞かされるとき、それを相手に確認したかを問う。
すると、確認していない場合がほとんどだ。


つまり、その”詮索”のほとんどは、真実ではない。
勝手な思い込みに過ぎない場合が多いということだ。


さらに、こうした勝手な思い込みが、相手への態度を変えてしまい、
関係をさらに悪化させてしまうのは、とても惜しいことだ。


相手にしてみれば、なぜそういう態度をとられるのかわからない。
”理不尽な対応”として映るばかりで、分は良くない。


このように、自分をストレスのサイクルに巻き込むのは、
どうしようもないことを詮索することに起因する場合が少なくない。


そして、その”負のサイクル”のトリガを自分で引いている。


それさえやめてしまえば、ストレスからは解放される。
その一番の方法は、そのトリガを無視することだ。


真実ではない、コントロールできない、
それが確認できれば、何も考えることなく手放すことだ。


人は、他人の批判を最も恐れる傾向にある。
それは、自分の自尊心を傷つけることになるからだ。


そもそも、すべての人から好かれようとすることを、
やめなければならない。


それは、誰一人として実現不可能なことだからだ。


タバコの煙がストレスを感じる人もいれば、
タバコを吸わなければストレルを感じる人もいる。


ほんの些細なことでも価値観は違う。
その度合いが大きければ大きいほど、その差は極端になる。


だから、人気のあるアーティストは、
熱烈なファンがいる一方で、強烈なアンチも同じくらいいる。


嫌われる度合いが大きいということは、
それだけ、個性や価値観がはっきりしているということがいえる。


つまり、逆にファンも思い入れ度も、大きくなる。


だから、「誰にでも好かれる」ということは、
「個性をなくす」ということと、ほぼイコールだといえる。


空気のような存在であれば、誰の批判も受けないだろう。


「認められたい。
でも、誰のどんな些細な批判も受けたくない」


そんな、矛盾した期待には、決別しなければならない。
それは、混乱を引き起こすだけだ。


まずは、余計な詮索や思い込みをやめる。
そのトリガを手放すことだ。


そして、どんどん、尖ってしまえばいい。


それは、決して恥ずかしいことではない。
多くの人は、それをみて羨ましいと感じるはずだ。


それでは!

08:03:00 - Mikamos - No comments

◆ハッピーを計画する


2011-11-28


計画的に行動することは、難しいだろうか。


計画を立てても、そのとおりに行かない。
計画を立てる時間がない。


「計画しないことは、失敗を計画することだ」
この助言は、とても正しい。


計画は、意図の表れ。
自分は、こうするという意思表示でもある。


それは、些細なことでも構わない。
とにかく、計画し、それを実行してみる。


すると、思いのほか、計画通りに運ぶことも多いと気づく。


「どうなるかわからないから、決めない」
これは、他人にハンドルを渡すような行為。


言い換えれば、「あなたの言うとおりにします」。


この表現に抵抗を感じる人は多いだろう。
しかし、「決めない」ということの意味は、そういうことだ。


計画して、計画通りにいかないことを危惧する人もいるだろう。
それが、”失敗”として烙印を押すことになることを恐れる。


これは、大きな間違い。


それは、単に”調整行為”でしかない。
車の運転も、タイピングも小さな失敗を繰り返し学習してきた。


自分の枠組みでは、こなしきれないと理解できたに過ぎない。
だから、次の計画を改めればいい。


この繰り返しは、自分を理解することにもつながる。
自分に向いていること、不向きなことも見えてくる。


そして、徐々に”計画的に”ことが運ぶようになる。
それが、”計画すれば実現する”という意識を生む。


その意識こそが、計画することの本当のチカラだといえる。


「自分の決めたことを、決めたとおりにする」
それが、難しくないと理解できれば、ハッピーに違いない。


それでは!
08:00:00 - Mikamos - No comments

◆先取りのイメージ


2011-11-25

やらなければと思っていることがある。
その必要性も、十分に理解している。


しかし、重い腰が上がらない。
日常生活の中には、そういったことが多々ある。


その原因は、いろいろとあるだろう。


それは、脳が暗にNOのメッセージを出しているのかもしれない。
ただ、漠然とした不安や変化にNOを出している場合もある。


それは、脳の安全装置が稼動している証拠。
安全領域から出ることを、脳が拒んでいる証拠だ。


太っている自分は、昨日も今日も太っている。
そして、昨日も今日も、”安全”に暮らしてきた。


突然痩せることは、”安全領域”から出ることになる。
変化に対して、脳が拒否反応を示しているのかもしれない。


自分を変えたいという思いと脳の安全装置が合意していない状態。
しかし、それは、自分にとって必ずしもプラスではない。


その装置をオフにする方法がある。
それが、”イメージによる先取り”だ。


脳は、現実に見ていることと、イメージの区別が付かない。
だから、具体的にイメージすれば、現実と”錯覚”する。


つまり、「それでも、安全だ」と理解してくれる。
脳を”騙せた”ならば、あとはスムーズにことが運ぶ。


だから、重い腰を上げるには、
具体的にそれを実行しているイメージをすることだ。


先取りのイメージ。
自分を変えたいならば、まずはイメージすることだ。



それでは!
07:21:00 - Mikamos - No comments

◆世界観


2011-11-23

人は、それぞれ世界観を持っている。


平易に表現するなら、価値観といっていいかもしれないが、
ある程度の人たちで共有できるという点で世界観と表現したい。


ルイ・ヴィトンのバッグを持つことの世界観、
燃費の悪い米国車を持つことの世界観。


そうした世界観を同じにする人たちが、
市場にセグメントをつくり、ブランドを作っていく。


そうした世界観を支えているのは、
その人ひとり一人が持っている物語だ。


ルイ・ヴィトンを持つことによる自分のイメージ。
米国車を乗ることによる自分のイメージ。


そして、その多くは、「こう見られたい」という、
他人からの印象を期待して物語を描いている。


しかし、その”物語”の多くは幻想だ。


同じ世界観を持っている人もいれば、
そうでない人もまた、同じくらい、またはそれ以上にいる。


つまり、多くの人は、自分に”偽りの物語”を信じ込ませ、
その世界観を作り出し、維持することの礎にしている。


この”都合のいいウソ”は、個性やアイデンティティにまで及ぶ。


そして、企業は、自社の世界観を浸透させるために、
あるゆる手段を講じ、お金を投資している。


この世界観こそが、”自分の価値”であるともいえる。


今、自分の持っている世界観は、自分のものなのか。
それとも、企業やメーカーに与えられたものなのか。


そこに立ち返ってみると、様々な気づきがある。
自分の本当に望む世界観が、他のところにあることに気づくこともある。


同じ釣りを行うにしても、そこには様々な世界観がある。
そして、その世界観によって、楽しみ方も違ってくる。


もし、好きなことなのに楽しめない要素があるとするなら、
本当は、自分は、違う世界観を望んでいるのかもしれない。


心をオープンにして確かめてみよう。
自分は、本当はどんな物語を期待しているのだろうか。


それでは!
08:18:00 - Mikamos - No comments

◆循環


2011-11-21

いくら高価なケーキだからといって、
食べることなく、保存しておくことをするだろうか。


滞留させると腐る。


これは、食べ物に限らず、
世の中のあらゆる事柄に対して言えること。


血液や体液の滞留は、様々な病気を引き起こす。
食物連鎖の滞留は、異常発生などを引き起こす。


人間関係の滞留は、うつ病などを引き起こす。
大気の滞留は、異常気象を引き起こす。


身近なものでいえば、積み上げた本は腐る。
放置すればするほど、手に取る機会はなくなる。


滞留の反対は、循環。


物事は、循環させると正常な状態に戻ろうと機能する。
だから、どうしようもないようなことも、「循環」させることが賢明だ。


ここでいう、「循環」が、実際どういった活動になるかは、
それぞれの場合で、異なってくるだろう。


その活動が、直接的に効果があるかどうかは問題ではない。
循環のプロセスが、徐々に正常な状態にしてくれる。


迷ったなら循環させることに意識を向ける。
行き詰ったら、無理やりにでも循環させようとしてみる。


仕事でも、勉強でも、趣味の世界でも、循環。


インプットしたなら、アウトプット。
知識も情報も循環させる。


すると、新しい情報は、どんどん入ってくる。
人間関係もお金も、仕事も、すべて循環させる。


人は、決して一人では生きられない。
必ずどこかに、少なくとも他と接点を持って生きている。


それが、循環させることが必要である証拠だ。



それでは!

08:08:00 - Mikamos - No comments

◆自分フィルター


2011-11-18


倒産や自己破産などのニュースは尽きない。


そういったケースの中には、
負債額が、何十億、何百億といったケースもある。


そういったニュースを聞くと、
まず、それだけの負債が出来るということに驚く。


到底、今の自分が何気に銀行にいって、
十億貸してほしいといったところで貸してはくれない。


今のままの自分では、
「十億の負債を抱えて破産」ということはできない。


つまり、そういった「失敗」をしようとしてもできないことに気付く。


逆の見方をしてみれば、
このことは、次のことを表していることになる。


「自分の身の回りの出来事は自分の手の届く範囲のものばかり」


今の自分で、解決できない問題は、
自分の身の回りには起きないといえる。


また、自分で解決できる問題以外では、
人は、悩み心配することはないといえる。


確かに、日頃、殺し屋に狙われる心配はしない。
何百人という聴衆の前で演説する不安もない。


いずれも、今の自分からは無縁だからだ。


自分を、もし山にたとえたとするなら、
いくら恐れても、山より大きな猪が出ることはない。


だから、どんな逆境にあったとしても、
それは必ず、自分のチカラで解決できる。


そう信じて事にあたろう。


諦めれば、道は閉ざされる。
信じれば、道は見つかる。


それは、乗り換えた自分の車を、
街でよく見かけるようになることに似ている。


それは、おそらくいつもそこにあったに違いない。


必要なものや機会というものも、
本当は、いつもそこにあるのではないだろうか。



見ようと思えば見えるし、
見ようとしなければ、見えない。


自分の持つフィルターを、
意識的に、意思を持って調節しよう。


それでは!
08:25:00 - Mikamos - No comments

◆思考は現実化する


2011-11-16


「思考は現実化する」


ナポレオン・ヒルの成功哲学から時を経て、
それは、「引き寄せの法則」にまで進化(?)してきた。


その根底にある考え方は、
「人は、自分の思い描いた人間になる」ということ。


だから、もし、現状に満足できないなら、
まずは、思考を変えていかなければならないと説く。


この「教え」は、決して間違いではないだろう。
しかし、多くの誤解も生んでしまったと思う。


「思うだけで願いが叶う」
「願えば、自動的に引き寄せられる」


これを、その言葉だけで受け止めてしまうのは、
逆に、欲しい現実を遠ざけてしまうことになるかもしれない。


思うだけでは決して願いは叶わない。


意識の世界には、時間も空間もない。
頭の中では、したいことがすぐに実現できる。


しかし、今、我々が生きる「現実の世界」には、
時間と空間という物理的な「制限」がある。


つまり、その時間と空間に働きかけなければ、
現実が変わることは、決してない。


「思考を変える」ということは、
その物理的な行動の選択を変えるということ。


その行動の変化が、現実を変える。
つまり、願いが叶うということになるといえる。


だから、思っていても信じてなければ、
実際の行動や選択に変化は訪れない。


「思っても引き寄せられない」
その原因の多くは、そこにあるのではないだろうか。


人間の行動の選択に基礎にあるのは、
その人の観念が作り出したセルフイメージ。


その観念を変えなければ、現実の選択は変わらない。


「自分は、整理整頓ができない」
「自分は、数学が得意ではない」


これらも、すべて観念でありセルフイメージだ。


こうありたいという自分のイメージ。
それは、願うのではなく受け入れるもの。


今すでに、理想の自分であると信頼できてこそ、
現実の選択や行動は変化する。


願えば叶う。それは、嘘ではない。
しかし、それだけでは足りない。


自分自身を、信頼し受け入れよう。
そして、新しい選択をし、行動しよう。


それでは!
08:22:00 - Mikamos - No comments

◆プロセスにフォーカス


2011-11-14


釣りにしても、スポーツにしても、
面接にしても、営業にしても結果は制御できない。


それらの相手のある活動に対する結果というのは、
自分のコントロールできる範囲の外にある。


だから、結果がどうなるかということを、
思い悩んだり、心配したりすることに意味は無い。


そもそも、制御できないことに労力を費やすほど、
徒労に終わってしまうことはない。


一方、結果を導くためのプロセスというのは、
全くの自分の管理下、制御下にあるといえる。


そこに辿り着くために、何を選択しどう行動するか。
その過程にこそ、着目するべきだ。


つまり、目標の置き場所は結果でなくプロセス。


目標やゴールは、意図するべきことであって、
コントロールしようとするべきものではない。


最善を尽くすために何ができるか。
その過程のひとつひとつを目標においてみる。


本を読む、ストレッチをする。
環境を分析してみる、テストしてみる。


制御できないことに、フォーカスすることを止めよう。


結果への執着は、ストレスの元凶になることはあっても、
何かよい結果をもたらすということはない。



コントロールできないことは手放そう。
そして、結果ではなくプロセスにフォーカスしよう。


それでは!

08:19:00 - Mikamos - No comments

◆電車を乗り換える


2011-11-11


世の中には、二極性がある。
光と闇、表と裏、陰と陽、男と女・・・。


感情面においても同じだ。
喜びと悲しみ、愛情と憎しみ、優しさと冷たさ、希望と失望・・・。


そして、常に我々は、それらにどう接すれば、
自分は幸せになれるかの選択を迫られる。


しかし、その答はわかっていても、
実際に、常にポジティブな選択を行うことは簡単ではない。


なぜならば、それぞれの「存在」は、
対極してこそ、その姿を確認できるからだ。


闇が無ければ、光は認識できない。
憎しみという感情をしらなければ愛情はわからない。


ネガティブな側面があってこそ、ポジティブが存在する。


つまり、ネガティブを受け入れてこそ、
ポジティブを「表現」することができる。


ネガティブさに目を伏せることは、
それは、ポジティブさを遠ざけることになる。


こうした「不変の法則」の中で、
ポジティブであり続けるにはどうすればいいか。


「すべてを受け入れて、闇に光を当てる」


自分のネガティブな感情に目を伏せ、
無理やりポジティブでフタをしようとしてはいけない。


それは、何も解決にならない。


ネガティブさを認識して、観察する。
それが、意識とネガティブを分離してくれる。


その上で、ポジティブさで包み込む。
ポジティブな新しい解釈をそこに加える。


うまくいかない結果が目の前に起きたとする。
(実際は、「一時的に」うまくいかなかったように見える)


その結果は、過去の自分の選択の結果。
つまり、以前の自分のネガティブさに起因する。


そこには、悔しさや失望感があるかもしれない。


そこで、ネガティブのサイクルを断ち切る。
反対側のホームに行って電車を乗り換えるのだ。


そこにあるのは、ポジティブの電車。


そして、逆方向に進むネガティブの電車を見つめながら、
期待する結果の待つ、新境地へと進んでいく。


落ち込むことは悪くない。
しかし、落ち込み続けることは良くない。


「教えてくれて、ありがとう」
そうつぶやいて、電車を乗り換えよう。


それでは!
08:10:00 - Mikamos - No comments

◆ビギナーズラック


2011-11-09


ビギナーズラックを目の当たりにしたことはあるだろう。
では、なぜビギナーは、幸運をつかめるのか。


その一番の要因は、結果への執着がないことだろう。


執着はしないが、欲しい結果は明確。
それまでの過程にも、正直無頓着。


それが、自分の能力を最大化し、結果を引き寄せる。


これが、2回目、3回目となっていくと、
勝ちにこだわり、方法を模索し、周囲の期待を感じる。


そうした姿勢は、不安や心配を生む。
それが、自分自身に対する「疑惑」を生む。


自信と信頼に陰りが見え始める。
そして、期待通りの結果を出せなくなってしまう。


その根源にあるのは、執着。
そして、不安や心配を「幻想」させる観念だ。


しかし、ビギナーには、そういった余計な執着はない。
執着がないから、それに付随する幻想や観念もない。


ただ、結果を期待して受け入れる。
このポジティブな思考がビギナーズラックの秘訣。


こうした考え方を了とするならば、
ビギナーズラックは、ビギナーだけの特権ではないとわかる。


人は、何かをやろうとすると、
これまでの経験に基づく観念から不安を抱く。


まずは、その観念の正体を暴くことだ。


その不安や心配のほとんどは、幻想でしかない。
「真実」ではないことばかりだ。


それが、幻想であることに気付けばいい。
それだけで、観念の殻は剥がれ落ちる。


あとは、結果を期待し、行動するだけ。
すでに、そこには勇気も必要ないはず。


それは、毎朝通勤電車に乗るようなもの。
そこに、特別な勇気は必要ない。


駅に着いたことに大きな達成感はあるか。
それは、当たり前のように、当然のようにある。


それくらい当然とことと信頼できればいい。


期待した結果を得るということ。
本当は、とても単純で簡単なことかもしれない。


それでは!
08:07:00 - Mikamos - No comments

◆好きなことと得意なこと


2011-11-07

好きなことと得意なこと。


これが、同じであれば、すでに幸せだろう。
それを仕事にしてしまえば、うまくいく。


一方、得意だけど好きではないこと。
それを仕事にすれば、総じてうまく行くが幸せではない。


では、好きだけど、得意ではないことは?


その分野で自分よりうまくやる人はたくさんいる。
頭で考えれば、うまくいかない気がする。


でも、それを仕事にすれば充実することに違いない。


しかし、一番マズイのは、これらが混乱していること。
つまり、好きなことと得意なことの自覚がないこと。


得意なことを、好きなことと勘違いしていること。


出世はするしお金も溜まるけど、なぜか充実していない。
そう感じているならば、その可能性は高い。


もし、そうならば自分を見つめなおしてみる。


その際のコツは、好きなことと得意なことを、
まったく分けて考えないということだろう


つまり、好きなことと得意なことの接点を探す。
得意なことを好きなことに活かすということだ。


表に出ているのは、好きなこと。
裏でささえるのは、得意なこと。


このマッチポイントに気付けば、
それは、自分にしか出来ないことといえる。


その価値は、格段に上がる。


そして、何より好きなことだから、
問題にぶつかっても積極的に対処できる。


うまくいかないはずが無い。


幸せになるために特別テクニックは必要ない。
「自分を知る」ということが、基本になる。


それでは!

08:02:00 - Mikamos - No comments

◆今日実現できる夢


2011-11-04


自分の本心というのは、意外と判らない。


様々な固定観念が夢や目標の形を、
変えてしまうということもある。


あれをするには、これが必要。
だから、これが目標だ。


こうした「変形した目標」を持っている場合、
ある質問をすることで、その全容が見えてくる。


「なぜ、それをしたいのか」


その自問する質問の答えによって、
今の目標が「手段」であることがわかる。


○○するための、××。


××は、最終的な目標ではないはずだ。
そして、次の質問にいく。


「なぜ、××が必要なのか」
「なぜなら、△△が必要だから」


では、△△に問題がなかったとしたら、今何がしたい?
その答が、「本当にしたいこと」である可能性が高い。


最後に、次の質問が重要だ。
「では、なぜそれが本当にしたいことなのか」


この問いを突き詰めていくと、
「自分の価値」に行き着いていく。


そのほとんどは、多くの人を助けたり、
勇気付けたりするという「想い」に繋がっていく。


そして、この質問で締めくくる。


「その想いを今、感じることはできるか?
「できるとするならば、それを実現するための方法は?」


その答、それが夢を「今日」実現する方法だ。


多くの夢や目標は、本当は物質的なものではない。
その多くのは、自分の内面に感じたい「感情」だ。


その感情を手にするために必要なこと。
それは、実はそんなに多くは無い。


一度に多くの人に影響しなくとも、
今ある資源で、目の前のひとりを助けられる。


それが、自分の価値の証になる。


それを二人、三人と広げていくには?
ひとりに出来たなら、それは難しくはない。


その一見細く弱々しい糸でさえも
それは、必ず大きな「したいこと」に繋がっている。


そうなのだ。
夢は、今日から実現できる。


それでは!
07:46:00 - Mikamos - No comments

◆体内制御


2011-11-02


人間の身体には制御できる部分と出来ない部分がある。


腕を動かすことは、自分の意思で行うことが出来る。
しかし、心臓の鼓動を自由に変化させることはできない。


また、足を早く動かして走ることはできても、
汗の出方を自由にコンロールすることはできない。


身体というのは、本人の意思とは無関係に、
その統一性を維持するために機能している。


では、その身体の内部活動は、
まったく意思の及ばない領域なのだろうか。


いや、そのための重要な方法がある。
それが、「呼吸」だ。


どれだけ息を吸い、どれだけ息を吐くか。
それを制御することはできる。


そして、その呼吸によって、
内部活動を、大きく変化させることもできる。


まず、リンパの流れが変わる。


リンパは、血液に匹敵する体内に流れる液体で、
人間の身体の80%は水ふだと云われる所以でもある。


リンパの流れが滞れば、様々なところに弊害が出てくる。
ちょうど、河川にゴミがたまってあふれ出すように。


そして、呼吸は、同時に精神を安定させる。
精神の安定は、思考を明晰にしてくれる。


つまり、より、「正しい」選択が可能になる。


つまり、「意識的に」呼吸をするという動作は、
自分と体内を繋げるコミュニケーションツールといえる。


振り返ってみてほしい。
昨日、どれだけ意識的に呼吸をしたか。


「息をしている」状態では、
コミュニケーションは、成立していない。


意識的な呼吸。
つまり、腹式呼吸で長く息を吐くということ。


それは、身体の状態をよい状態に保ってくれる。
そして、確実に集中力を高めてくれる。


集中力は、重要?


改めて訊くまでもなく、
それは、理解することができるだろう。


それでは!
08:43:00 - Mikamos - No comments