◆詮索のトリガ
あの人の態度は、こういう意味ではないか。
あの言葉の意味は、こういう気持ちの表れではないか。
そして、こうした”詮索”が、ストレスを招く。
そうした愚痴を聞かされるとき、それを相手に確認したかを問う。
すると、確認していない場合がほとんどだ。
つまり、その”詮索”のほとんどは、真実ではない。
勝手な思い込みに過ぎない場合が多いということだ。
さらに、こうした勝手な思い込みが、相手への態度を変えてしまい、
関係をさらに悪化させてしまうのは、とても惜しいことだ。
相手にしてみれば、なぜそういう態度をとられるのかわからない。
”理不尽な対応”として映るばかりで、分は良くない。
このように、自分をストレスのサイクルに巻き込むのは、
どうしようもないことを詮索することに起因する場合が少なくない。
そして、その”負のサイクル”のトリガを自分で引いている。
それさえやめてしまえば、ストレスからは解放される。
その一番の方法は、そのトリガを無視することだ。
真実ではない、コントロールできない、
それが確認できれば、何も考えることなく手放すことだ。
人は、他人の批判を最も恐れる傾向にある。
それは、自分の自尊心を傷つけることになるからだ。
そもそも、すべての人から好かれようとすることを、
やめなければならない。
それは、誰一人として実現不可能なことだからだ。
タバコの煙がストレスを感じる人もいれば、
タバコを吸わなければストレルを感じる人もいる。
ほんの些細なことでも価値観は違う。
その度合いが大きければ大きいほど、その差は極端になる。
だから、人気のあるアーティストは、
熱烈なファンがいる一方で、強烈なアンチも同じくらいいる。
嫌われる度合いが大きいということは、
それだけ、個性や価値観がはっきりしているということがいえる。
つまり、逆にファンも思い入れ度も、大きくなる。
だから、「誰にでも好かれる」ということは、
「個性をなくす」ということと、ほぼイコールだといえる。
空気のような存在であれば、誰の批判も受けないだろう。
「認められたい。
でも、誰のどんな些細な批判も受けたくない」
そんな、矛盾した期待には、決別しなければならない。
それは、混乱を引き起こすだけだ。
まずは、余計な詮索や思い込みをやめる。
そのトリガを手放すことだ。
そして、どんどん、尖ってしまえばいい。
それは、決して恥ずかしいことではない。
多くの人は、それをみて羨ましいと感じるはずだ。
それでは!
08時03分00秒 on 2011年11月30日 by Mikamos - メイン